
1. Life Logline:人生のログライン
彼女は「演技」をしたのではない。現実の世界には収まりきらない激しい女たちの魂をその身に宿し、彼女たちから奪い取った炎で自らを焼き尽くしたのだ。
2. Scenario Chart:人生のシナリオ
Act 1 [発端]:インドの熱、ロンドンの氷
1913年、英領インド・ダージリン。ヒマラヤの麓で彼女は生を受けた。本名ヴィヴィアン・メアリー・ハートリー。彼女の瞳には、東洋の湿った熱と、英国の冷たい理性が同居していた。幼くして欧州の修道院へ送られた彼女は、規律の中で「完璧」を演じることを覚えるが、その内側にはすでに制御不能な野心が渦巻いていた。
19歳で良家の子息リー・ホルマンと結婚し、娘をもうける。世間が羨む優雅な若き母。だが、その幸福な鳥籠は彼女には狭すぎた。「私は大女優になるの」。彼女は安定した家庭を捨て、演劇の世界へ飛び込む。そこで出会ってしまったのが、当時イギリス演劇界の至宝と謳われたローレンス・オリヴィエだ。互いに配偶者がいながらも、二人はまるで磁石のように惹かれ合い、激しい恋に落ちる。それは、創造と破滅を同時に孕んだ運命の恋だった。
Plot Twist [転換点]:アトランタの炎上
1938年、ハリウッド。映画史上最大の賭けが行われていた。『風と共に去りぬ』の主役スカーレット・オハラ選びだ。米国中の女優が名乗りを上げ、誰もが落選する中、撮影開始の夜、燃え盛るアトランタのセットの前に彼女は現れた。 エージェントのマイロン・セルズニックが、兄であるプロデューサーのデヴィッドに告げる。「天才を紹介しよう。彼女がスカーレットだ」。 炎の照り返しの中で緑色の瞳を輝かせる彼女を見た瞬間、誰もが息を飲んだ。英国人の無名女優が、米国文学最大のヒロインを奪い去った瞬間だ。この一夜にして、ヴィヴィアン・リーは「伝説」となった。
Act 2 [葛藤]:オリヴィエという呪縛
オスカー像を手にした彼女は、ついにオリヴィエとの結婚を果たす。世間は彼らを「世紀のカップル」と称賛したが、その実態は壮絶な戦場だった。彼女にとってオリヴィエは愛する夫であると同時に、決して超えられない演技の神。彼に相応しい女優でありたいという焦燥が、彼女の精神を蝕んでいく。
1945年、『シーザーとクレオパトラ』の撮影中に流産。これを引き金に、彼女の心は均衡を失う。診断は「躁うつ病(双極性障害)」。当時は治療法も確立されておらず、残酷な電気ショック療法が行われた。ある時は罵詈雑言を浴びせる悪魔になり、次の瞬間には怯える少女になる。
それでも彼女は舞台に立ち続けた。1949年、ロンドンでの『欲望という名の電車』。色あせた南部美女ブランチ・デュボア役は、彼女自身の精神状態とあまりに酷似していた。舞台と現実の境界が曖昧になる中、彼女は毎晩ブランチとして狂気の世界へ堕ちていった。「あの役が、私を狂気へと突き落としたの」。後に彼女自身がそう語ったように、この役での二度目のオスカー受賞と引き換えに、彼女の精神は決定的な崩壊を迎える。
Act 3 [結末]:血と薔薇
オリヴィエは去った。彼女の激しさに耐えきれなくなったのだ。20年に及ぶ「ザ・ラリーズ(オリヴィエ夫妻)」の時代は終わった。 晩年の彼女を支えたのは、俳優ジャック・メリヴェール。彼の穏やかな愛の中で、彼女は穏やかな日々を取り戻そうとする。だが、若き日から彼女を蝕んでいたもう一つの病魔、結核が再発する。 1967年7月、ロンドン。彼女は自宅の寝室で倒れた。肺に体液が溢れ、呼吸を奪われた最期だった。享年53。 ベッドの傍らには、かつてオリヴィエと交わした手紙と、愛する猫の写真があったという。世界一美しい女優は、その美貌を保ったまま、静かに幕を下ろした。
3. Light & Shadow:光と影
On Screen [銀幕の顔]
「猫のような気高さ」 彼女の最大の武器は、片方の眉をわずかに上げるだけで雄弁に語る、あの表情だ。極細のウエストと陶器のような肌を持ちながら、内には鋼のような芯の強さを秘める。わがままで高慢な役柄であっても、彼女が演じると不思議な愛嬌と、守ってやりたくなるような脆さが滲み出る。それは観客に「彼女は傷ついているからこそ、爪を立てるのだ」と直感させる力があった。
Off Screen [素顔]
「誰かに愛されたかった少女」 プライベートの彼女は、卑語を連発し、酒に溺れ、セリフを忘れて共演者を困惑させる「扱いにくい女優」として恐れられた。だが、それは病による症状であり、本質は極度の寂しがり屋だった。オリヴィエへの執着は、彼に見捨てられることへの恐怖の裏返しでもあった。「私は一人になるのが怖いの」。彼女は常に誰かの気配を求め、見知らぬ人をも家に招き入れるほど、孤独を恐れていた。
4. Documentary Guide:必修3作
1. 『風と共に去りぬ』 (1939)
- 文脈: デビュー直後、野心と生命力がピークに達していた時期。彼女自身の「欲しいものは何としてでも手に入れる」という気概が、スカーレットのキャラクターと完全に同化している。映画史に残る「強さ」の象徴。 2. 『哀愁』 (1940)
- 文脈: 戦争によって引き裂かれる恋人を描いた悲恋の傑作。オリヴィエとの共演を熱望していたが叶わず、ロバート・テイラーが相手役となった。彼女自身が「最も愛する作品」として挙げており、繊細で儚い演技は、スカーレットとは対極にある彼女の「影」の部分を美しく映し出している。 3. 『欲望という名の電車』 (1951)
- 文脈: 精神の均衡を崩し始めていた時期の作品。夫オリヴィエの演出によるロンドン舞台版を経ての映画化であり、演じているのは役なのか、ヴィヴィアン自身なのか判別がつかないほどの鬼気迫るリアリティがある。美貌の衰えを隠そうとするブランチの姿は、老いと病に怯える彼女自身のドキュメンタリーのようだ。
5. Iconic Moment:歴史に刻まれた瞬間
Selected Scene:『欲望という名の電車』より、ラストシーン
“I have always depended on the kindness of strangers.” (私はいつだって、見知らぬ方のご親切に頼って生きてきましたの。)
解説: すべてを失い、精神病院へと連れ行かれるブランチが、医者の腕を取りながら呟く最後のセリフ。 これほどまでに悲しく、そして美しい敗北宣言が他にあるだろうか。 現実の世界で精神の病と闘い、常に誰かの助けと愛を渇望していたヴィヴィアン・リー自身の魂の叫びとして響く。彼女はこの一言に、プライドと弱さ、そして狂気の中に残るわずかな少女のような純粋さを凝縮させた。演技という枠を超え、彼女の人生そのものが結晶化した瞬間である。
6. Re-Cast:現代の継承者
【アニャ・テイラー=ジョイ】理由: ヴィヴィアン・リーの再来を演じられるのは、単なる美人女優では務まらない。人間離れした「異質感」と、触れれば切れそうな「鋭利な知性」が必要だ。 アニャ・テイラー=ジョイの持つ、猫のように離れた大きな瞳と、静寂の中でさえ観客を不安にさせる独特の緊張感は、ヴィヴィアンの持つ「美と狂気の境界線」を現代的に翻訳できる唯一の資質だ。彼女なら、スカーレットの燃えるような生命力と、ブランチの壊れゆくガラスのような脆さの両極を演じきれるだろう。